ジェフユナイテッド市原・千葉の前身は、1946年に創部された古河電気工業サッカー部。1965年の日本サッカーリーグ(JSL)創設時の「オリジナル8」の一角として参加した名門だ。JSL時代にはリーグ優勝2回、天皇杯4回、JSLカップ3回を獲得。1987年にはアジアクラブ選手権(現ACL)を制し、日本のクラブとして初めてアジアの頂点に立った。
1991年にJR東日本サッカー部と合併し、クラブ名の「JEF」はJR East(JR東日本)とFurukawa(古河電工)の頭文字を組み合わせたもの。1993年のJリーグ開幕に「オリジナル10」として参加した。2006年にはナビスコカップ(現ルヴァンカップ)を連覇。イビチャ・オシム監督のもとで展開された走力と組織力を武器とするサッカーは、日本代表監督就任後も「オシム革命」として語り継がれている。
しかし2009年にJ2降格。その後17年間にわたりJ2での戦いが続き、昇格プレーオフにも複数回挑んだが、あと一歩のところで涙を飲んできた。長い雌伏の時を経て、2025年ついにJ1復帰を果たした。
2025年のJ2リーグでは開幕から独走し、前半戦を首位でターン。小林慶行監督のもとで堅守速攻のスタイルを確立し、4月終了時には勝ち点30で2位に7ポイント差をつけた。しかし夏場に失速し、6月後半から長崎の猛追を受けて第29節で3位に転落。最終順位は3位となり、J1昇格プレーオフに回った。
プレーオフ準決勝のRB大宮アルディージャ戦では0-3のビハインドから4ゴールを奪う大逆転勝利。決勝では徳島ヴォルティスを1-0で下し、サポーターの悲願だった17年ぶりのJ1復帰を決めた。小林監督の試合後のインタビューは「全クラブのサポーターが聞くべき」と話題になった。
2005年に開場したサッカー専用スタジアム。千葉市蘇我地区に位置し、収容人数は19,781人。Jリーグ開幕当初は市原臨海競技場をホームとしていたが、2005年シーズン途中からこのスタジアムに移転した。コンパクトな設計でピッチとの距離が近く、アットホームな雰囲気が特徴。通称「フクアリ」として親しまれている。
- 平均年齢
- 28.6
- 平均身長
- 178cm
- 国籍
- 4
- 右足 / 左足 / 両足
- 21 / 4 / 0
- 最年少
- 齋藤 隼士 18
- 最年長
- 米倉 恒貴 38
- 日本人選手
- 25名
- エリソンCF← 川崎フロンターレ
- 飯田 貴敬RB← 水戸ホーリーホック
- 高橋 壱晟RB→ ヴィッセル神戸
- 若原 智哉GK→ 柏レイソル
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