AFC BOURNEMOUTH
AFCボーンマス
1899
創設
PL 9季目
通算
11,464
収容人数
クラブの歴史

1899年、ドーセット州ボスコム地区の聖ヨハネ教会のクリケットクラブを母体としてボスコムFCとして創設された。1923年に「ボーンマス・アンド・ボスコム・アスレティック」に改名してフットボールリーグ3部サウスに加入。1972年に現在の「AFCボーンマス」に名称を変更した。

クラブの歴史の大半はイングランドの下部リーグで過ごしてきた。2008年には約400万ポンドの負債を抱えて経営破綻し、リーグ2で17ポイントの勝ち点剥奪という壊滅的なペナルティを科された。フットボールリーグからの除名すら取り沙汰されたこの危機が、のちの奇跡的な躍進への出発点となる。

2009年に新たなオーナーグループが経営権を取得し、若きエディ・ハウが監督に就任。わずか6年でリーグ2からプレミアリーグへの4部門昇格という偉業を達成した。イングランド南海岸の小さなクラブがトップリーグに定着するまでの物語は、英国サッカー史上最もドラマティックな成功譚のひとつとして語り継がれている。

リーグ2からプレミアへの奇跡

2008年1月、リーグ2最下位で経営破綻したボーンマスに、クラブ史上最年少の31歳で監督に就任したのがエディ・ハウだった。17ポイントのハンディキャップを背負いながらも残留に成功すると、翌シーズンにはリーグ2優勝で昇格。ハウは一度バーンリーへ移るが2012年に復帰し、2012-13シーズンにリーグ1優勝、2014-15シーズンにはチャンピオンシップ優勝でクラブ史上初のプレミアリーグ昇格を果たした。

プレミアリーグ初年度には16位で残留を確保。以後5シーズン連続でトップリーグに在籍し、2019-20シーズンに一度降格したものの、2022年にスコット・パーカーのもとで即座に復帰。この間、ボーンマスはプレミアリーグで最も小さなスタジアムを持つクラブとしても注目を集めてきた。

ヴァイタリティ・スタジアム

正式名称はディーン・コート。地元の名士クーパー・ディーン家がクラブに土地を提供したことに由来する。2001年に全面改築され、現在の収容人数は11,464人でプレミアリーグ最小。3面スタンドの構造で建設されたのち、2005年にサウスエンドにも座席が設置された。

プレミアリーグのクラブとしてはコンパクトだが、ピッチと観客席の距離が近く、独特の一体感が生まれるスタジアムとして知られる。クラブはスタンドの拡張やコーナー部分の増築により約14,000席への拡張を検討している。

イラオラの戦術

2023年に就任したアンドニ・イラオラ監督は、ビルバオでのキャリアに根ざしたインテンシティの高いプレッシングサッカーを志向する。基本フォーメーションは4-2-3-1で、ゾーナルからマンツーマンへと切り替わるハイブリッド型のハイプレスが最大の特徴。

PPDA(1守備アクションあたりの相手パス本数)は10未満を維持する試合が大半を占め、相手にビルドアップの余裕を与えない。ボール奪取後の速い縦パスでカウンターに移行し、ワイドの選手のスピードを活かすスタイルは、限られた予算規模のクラブがビッグクラブと渡り合う武器として機能している。

育成と売却のビジネスモデル

ボーンマスは近年、若手選手の獲得・育成・高額売却というビジネスモデルを確立しつつある。2025年夏にはザバルニー(→PSG)、ハイセン(→レアル・マドリード)、ケルケス(→リバプール)の3名のDFをビッグクラブに放出し、合計約2億ユーロの移籍収入を得た。いずれも合計約6,300万ユーロで獲得した選手たちであり、投資効率の高さが際立つ。

また、2026年1月にはアントワーヌ・セメニョがマンチェスター・シティに6,400万ポンドで移籍。プレミアリーグ最小のスタジアムを持つクラブが、欧州のビッグクラブにとっての「選手供給源」として確固たる地位を築いている。

クラブデータ
前季(2025-26)
6位 57pts 13勝 18分 7敗 58:54 (+4) 20クラブ中
スカッド構成
平均年齢
24.8
平均身長
181cm
国籍
16
右足 / 左足 / 両足
18 / 7 / 2
最年少
カイ・クランプトン 19
最年長
フレイザー・フォースター 38
今夏の移籍
加入 1
  • アルバロ・ロドリゲスFW← エルチェ
退団 1
  • マルコス・セネシCB→ トッテナム・ホットスパー

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