ARSENAL FC
アーセナルFC
1886
創設
13回
リーグ優勝
60,704
収容人数
クラブの歴史

1886年、ロンドン南東部ウーリッジの王立兵器廠で働く労働者たちによってダイアル・スクエアFCとして創設された。のちにロイヤル・アーセナル、ウーリッジ・アーセナルと名を変え、1913年にテムズ川を越えて北ロンドンのハイベリーへ移転。以降「アーセナル」としてイングランドサッカーの歴史に名を刻み続けている。

1930年代にはハーバート・チャップマンのもとでリーグ5連覇を含む黄金時代を築き、1970-71シーズンにはリーグとFAカップのダブルを達成。1996年に就任したアーセン・ヴェンゲルは、それまでのイングランドサッカーの常識を覆す革新的なスタイルを持ち込み、1997-98、2001-02の2度のダブルを含む計3度のリーグ優勝を果たした。

2006年にはハイベリーからエミレーツ・スタジアムへ移転。スタジアム建設費の返済が経営を圧迫した時代を経て、2018年にミケル・アルテタが指揮官に就任すると、チームは再び優勝争いの常連へと返り咲いた。

インヴィンシブルズ 2003-04

2003-04シーズン、アーセナルはプレミアリーグ38試合を無敗で駆け抜け、リーグ優勝を果たした。26勝12分0敗という前人未到の記録を打ち立てたこのチームは「インヴィンシブルズ(無敵軍団)」と称えられている。近代イングランドトップリーグでシーズン無敗優勝を達成したのはアーセナルが唯一であり、ティエリ・アンリ、パトリック・ヴィエラ、ロベール・ピレスらが躍動した伝説のシーズンは、クラブのアイデンティティそのものとなっている。

この無敗記録はシーズンをまたいで49試合にまで伸び、2004年10月のマンチェスター・ユナイテッド戦でようやく途切れた。2012年のプレミアリーグ20周年記念では「ベストチーム」に選出されている。

エミレーツ・スタジアム

2006年開場、収容人数60,704人。93年間にわたりホームとしたハイベリーから約500メートルの場所に建設された。ネーミングライツはアラブ首長国連邦の航空会社エミレーツが保有している。

イングランド国内ではウェンブリーに次ぐ規模を誇り、チャンピオンズリーグ決勝の開催基準も満たす。ハイベリーの38,419席では収益面で限界があったため、クラブの長期的成長戦略のもとで移転が決断された。建設費は約3億9,000万ポンドに達したが、その投資は現在のクラブの財務基盤を支えている。

アルテタの戦術

ミケル・アルテタ監督のもと、アーセナルはポゼッションをベースにしつつ、セットプレーの精度と守備の堅さを両立させたスタイルを確立した。基本フォーメーションは4-3-3で、左サイドバックがインサイドに絞り込む「偽サイドバック」の運用が特徴的。

2024-25シーズンにはリーグ最少失点(34失点)を記録し、13回のクリーンシートを達成。守備の安定性を土台にしたうえで、トランジション時のスピードとセットプレーからの得点力でゴールを積み重ねるスタイルを見せた。

日本人選手

冨安健洋は2021年にボローニャから加入し、右サイドバックとセンターバックの両方でプレーできるユーティリティ性を発揮した。しかし度重なる膝の負傷に苦しみ、2024-25シーズンは公式戦わずか6分の出場にとどまった。2025年2月に右膝の再手術を受けたのち、同年7月にアーセナルとの契約を解除。フリーの状態でリハビリを続け、2025年12月にオランダのアヤックスへ移籍し、新天地での復活を目指している。

クラブデータ
前季(2025-26)
1位 85pts 26勝 7分 5敗 71:27 (+44) 20クラブ中
スカッド構成
平均年齢
24.3
平均身長
183cm
国籍
13
右足 / 左足 / 両足
15 / 11 / 0
最年少
マックス・ダウマン 16
最年長
ケパ・アリサバラガ 31
今夏の移籍
加入 3
  • イーサン・ヌワネリAM← マルセイユ
  • イラン・メリエGK← リーズ・ユナイテッド
  • リース・ネルソンRW← ブレントフォード

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